こわれる はなれる

いろんなものが こわれる。

それから、

いろんなものが じぶんから はなれていく。

ーーー

どたばたなまま、泣きながら、後ろから怒鳴られるようにしてした北京での引っ越し。引っ越そうとしたら、約束していた運転手がドタキャンするとか、入居できるはずだったのに突然、いやーまだ、と言われて、同僚友だちのうちに転がり込むとか、そういうことも、あった。

日本から、綿密に綿密に、テトリスのようにして段ボールに収めた荷物たちは、家財道具の増加もあって(ベッド周りとか台所とか、来てから買ったし)、もうどうやってつめたらいいのやら、な状態で。まぁ、そもそも頭は働いていないし。

やっとこさ落ち着いて、箱たちから荷物をクローゼットに移して、やっと通常に身繕いができるようになって、気がつく。

あ、ないわ。ない、ない、ない。

小さな猫の形をしたポーチに詰め込んだ、自分のアクセサリー一式が、ない。。。

カンボジアで一目惚れして買った指輪。

バンコクを離れる決心をして、これからの自分よ、花を咲かせろ!と思いながら、蓮の花がこれから開くデザインのものを買った。友だちとも、お揃いで。

それが、ない。花は開くどころか、枯れる、というよりも、踏み散らかされて、ぼろぼろになって散ってしまった、ような。

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どんどん、大切なものが、はなれていく。

rain、ごめん。。。。お揃いじゃったのに、なくなったわ。。。

。。。

新しい部屋にもだんだん慣れて来て、ソファで落ち着いてコーヒーでも飲んで、っていう時間が持てるようになる。

おまめがからんでくる。おやおや、おまめさん11歳とは思えない元気っぷり!

ぶちっ!

。。。

ハワイ時代、マノアの丘の小さなお店で買った、ガラスのトップがついたネックレス。

ガラスは透き通って、海の中を眺めとるような、波の音が聞こえてきそうな、色と空気。

ハワイのときの、あの気持ちを大切にしよう。海をいつも心に持ちたい。

そう思って、極貧時代に、一目惚れして買ったネックレス。

日に焼けた自分の肌に吸い付くように、自分でも、なかなか似合っとると思ったよ。

人にも、生徒にも、よくほめられた。

そのチェーンがはじけるようにして、切れた。肩によじ上ろうとするおまめの後ろ足がひっかかった模様。

トップは、かろうじてセーフ。落ちたけど、割れず。ほーんまに、ほっ。

でも、替えのチェーンを見つけるまで、しばらく身につけるのはお預け。

中国で、このトップにあうようなささやかなチェーンを見つけられる自信がない。

日本に帰る日まで、身につけるのは、お預け。

。。。

それから、落ち着いたようで、でもやっぱり毎日毎晩の咳で、もうどうにもこうにも、体力は消耗する一方で。

まあ、とにかく日本に帰って、きれいな空気を吸おう!

いよいよ国慶節の休み!オンラインのチェックインも完了!よし、空港に向かうぞ!

というとき。

ぶちっ。

。。。

毎月の満月のときには、お月様の下に出して、清めていたストーンのブレス。

そのなかでも一番のお気に入りが、切れた。

切れて、ストーンが散って、ものすごい音をたてて、部屋中をあちらこちらに転がった。

。。。

一緒に日本に飛ぼうと思ったのに、というか、「このタイミング?」と、なんだか呆然と。。。

。。。

柔らかい、優しい人にならんにゃいけん、と思った。

散々な目にあって、もう人付き合いはこりごり、となりそうになって、いや待てよ、人を愛せよ、と思って。

とんでもなく、やさしいピンク色のストーンを選んだ。

(そのときは、こんな気分じゃった)

。。。

それが切れた、盛大に、切れた。

いろんなものが、こわれていく。じぶんも、じぶんのたいせつなものも。

こわれて、はなれていく。

。。。

どんなメッセージですか?ごめんなさい、わかりません。

どうか、教えて。image

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すてれおたいぷ

中国という国は、固定観念がずいぶんつきまとう国であると思う。

固定観念の怖さは、自分でも、いろんな国でいろんな土地で暮らしてくるなかで、本当に身を以て感じていて、それに捉われないように生きたい、とはずっと思っています。

前の投稿では、この国に引っ越してからの不幸と、体の不調について書きました。

これって、固定観念?ステレオタイプ?

 

チュウゴクハクウキガキタナイ

チュウゴクジンハマナーガナッテナイ

チュウゴクノタベモノハカラダニワルイ

(ッテイウカタベモノジャナイモンガマザットルシ)

などなど。

そうなんかな?

 

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それからとこれからと

ずいぶん久しぶりにここに書こうという気持ちになりました。

SNSと呼ばれるものやら、世の中には世界に何かを叫びたいときにそれをする手段というものは多岐に渡るわけで。そうすると、何をどういうことに使ったらいいのやら、と、自分のなかで使い分けをしたくなる。引き出しにラベルをつけるように。そして、それを使うにあたって、何かしら「掟」を持ってみたり。これも引き出しのように、「小さいものを上に」やら、「締め切りが近いもの順に」やら、「何でもとりあえずコーナー」など。

だとしたら、うちにとってのここは何なんじゃろ。

とにかく、吐き出しボックスにはしたくなかったのです。

ということで、これまでずーーーーぅっと書かなかったことの言い訳。

口を開ければ、そのつもりがなくても吐いてしまう毒が、いつもそこにありました。そんなこと、誰も聞いても何の役にも立たんし、と。

ーーー

2015年8月を持って、京都の職場を去りました。バンコクから日本、京都に引っ越すときは、「さてさて、どれだけ持つやら」と言われたものです。自分は日本に馴染まない、と自分でも思っていたし。ところがどっこい、日本はなかなかにしてよいところでした。京都という場所も、よかったはず。

ただ、職場が大変なところでした。悪徳というか。道徳観とか、正義感とか、教育理念とか、自分のそういうもの一式を殺してしまわないと、おそらくそこでは続けることができなかったと思います。

給料はよかったし、日本の福利厚生というものに生まれて初めて恩恵を受けて、なんだか自分がランクアップした気もしたし。でも、「お金じゃない」と思った。押し殺さないとやっていけないものたちは、自分のなかでおとなしくしているはずもなく、それらを「お金のため」に黙っておかせることはできませんでした。

せっかく日本に引っ越したし、いいアパートも見つけて、おまめとの生活も落ち着いたし、日本に住むのなんか、ビザも(もちろん)いらんし、バイトでもしながらのんびりするかなーと思った。

けど、自分の貧乏性がそうさせませんでした。。。

そして、中国は北京のとあるところに同職を見つけ、そしておまめ共々お引越し。

そして、今。

ここを一日でも早く去ろうとしています。

というのも。

ずっと、ずっと咳が止まりません。何度かクリニックに行って、咳止めの薬やら抗生物質やらをもらったりしても、一向に効かない。夜、特に深夜から早朝が一番きつい。よって、寝られない。寝られないから、ますますよくならない。やがて、吸入器なるものを渡される。もう引っ越して8週間、というあたりで、首が回らなくなりました。そこでついに医者、宣告。

「mameさん、これはもう、ぜんそくですね。」

吸入器が効いて、少し息が楽になってきたことが、何よりの証拠とのこと。うん、確かに。咳止めは全く効かず。そして、先生さらに。

「mameさん、もう日本帰ったら?」

・・・え!?帰っていいの!?

 

走馬灯のようによぎるのは、引っ越してきてからの、ドラマにつぐドラマ。。。

 

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ほんまにいるもん

11月に入りました。日本の寒さは日に日に増し、太陽が出る度に、外に出てその光を全身に浴びるという、バンコク生活では考えられなかったことをするようになりました。

今までしなかったことをするようになる。生活が変わる。食べるものが変わる。そして、身につけるものも、変わる。当たり前のこと。でも、その「当たり前」が、ただ「盲目的に」社会に波に乗せられてしまって、という理由であってはいけないと、いつも心に思っています。

どういうことかと言うと、「みんなが買ってるから」とか、「雑誌でみてなんだか欲しくなったから」とか、「ネットでクーポンついてて安かったし」とか、というようなことです。その向こうには、企業の戦略があるはず。結局は、彼らがもうけるようにできてるはず。いらないものを買わせて、お金を使わせて、そして彼らはもうける。どの企業も揃いも揃ってそれだけだとは思いませんが、でも、広告がでかでかとしているものや、安売りの仕方に勢いがやたらあるもの、そういうことができる、する企業は、結局は「売ってもうける」事が一番の企業だと考えてしまいます。

買い物には、出会いがほしい。

ふと見かけて気になって、手に取って、お店の人の話を聞いて、試着してみて、自分が気持ちがいいと思えるかどうか、確認したい。

そして、買うものには、情報がほしい。

素材が分かって、素材の出所も分かって、その過程で労働力の「大量生産」や「大量搾取」が行われていないことが分かって。

そして始めて、「さて、これを買って自分はどのくらい使うかな」。「もう、これに代わるものがうちになかったかな」。などなど。

ほんまに、頑固じゃと思う。笑

しかし、これ、実践しています。

もとからそういう傾向はないこともなかったけど、前回の投稿で書いた映画、My Stuffを観てからというもの、ますます「モノはやたらに買いたくない」という姿勢が固くなったと思うのです。

秋も深まっていく、日本。mamemama、体を暖かく保つ着るものが、家にありません…。

そんななか、ハロウィーンも終わり、11月突入。同僚カナダ人の強いお薦めに従い、奈良国立博物館の、毎年恒例(だそうな)正倉院展に行ってきました。勤め先から、たった数駅先が実は奈良だった、という衝撃に事実に身震いしつつ(!)、大変に満喫してきました。

20141103-125532.jpgそして、mamemamaの、寒さ対策ワードローブも、ならまちのおかげで、少し豊かになりました。

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日本の映画事情 “My Stuff” “More Than Honey”を観る

日本に引っ越すことになって、まず思ったこと。文化的刺激!バンコクには、面白いギャラリーが、特に最近多くなってきたし(乱立とも言える?)、そういうのの垣根が低くて、気軽に行ける。音楽イベントも多いし、音楽友だちのお誘いも、毎週末なにかしらあった。

でも、でも。美術館で大きな絵画をただじっと見つめてみたい。博物館でどこそこの遺物の息吹をそっと感じたい。なんちゃらフィルハーモニックの交響曲も、然るべきコンサートホールでちょっとおしゃれもして聴きたい(乾期になると、Music in the GardenというイベントがLumpini公園であって、それはそれで可愛くて、好き、でも、でも)。

そういった欲求のなかで、映画に対する欲求は比較的低いものでした。映画祭もくるし、単館系映画館がないこともない。何より、あの、タイの映画館のだらだらした感じ、単館系映画にもなると、下手すると「自分もしかして、一人?」ということもないこともないし、そういうのも嫌いじゃない。

そうそう、うち、一人で映画館に行くのが、昔からなかなか好きじゃったんよね。

というのに気がついた、京都7週間目の週末でした。一日で二本も観てしまった!

まず最初に見たもの。”Tavarataivas (My Stuff, 邦題『365日のシンプルライフ』)”

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秋の日に Sawadee kha 京都!

8月17日に日本に上陸して、慌ただしく毎日が過ぎて行きました。そして気がつけば今日は秋分の日。今日から秋。

毎日歩く道の、木々が少しずつ色を変える。外を歩いてもだんだん汗をかかなくなる。そんな現実に気が付きつつ、でも見えない振りをして、一ヶ月を過ごしました。毎日明るい色の服を着て、肌を出して職場にやってくる私に、一緒に働く人たちは「夏の子」と名前を付けました。タイを出る数日前に足の爪に描いてもらったプルメリアの花も、サンダルから覗いて京都の太陽を見上げていました。

爪は伸びて、そして切られて、プルメリアも形を変えつつあります。何より、サンダルをはかなくなりました。

マレーシアで南国に出会い、ハワイイに移り太陽と山と海と友だちになり、タイランドに暮らしその太陽と山と海の恵みはすっかり生活の、そして体の一部になりました。そんなタイランドの8年弱を終え、京都にお引っ越し。色んな意味で、私の「夏」は幕を閉じたのであります。

= = =

と、なんだかセンチメンタルに聞こえるかもしれないけど、実は、京都の生活をなかなかに満喫しています。

引っ越して第二の週末にしたこと。座禅。

うちから歩いて2分もかからないところに、京都最古の禅寺、建仁寺があります。その中の両足院では座禅会がなんとも頻繁に開催されている様子。さっそく申し込んで行ったのです。

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おまめのお留守番

mamemamaは、8月16日をもってバンコクを離れました。そして、日本は京都に引っ越してきました。

しかし、おまめはまだ、バンコクでサバーイな生活を送っています(と願う)。

日本の動物検疫の決まりで、猫は血液検査の結果が良好でも、その検査のための血液を接種した日から6ヶ月は、その動物は日本に入国が許されていません。バンコクを離れることになりそうだな、という予感がしてきたのは2014年の1月あたり。わたしの仕事の性格上、職場を変わるということは、同時に国が変わることをほぼ指します。国によって検疫のルールは色々あれど、それからすぐに、どこの国に引っ越すか分からなくても、血液検査だけでもしておけばよかったのに、のんきな飼い主はしませんでした。。。3月あたりに、次の職場が日本になるということが決まって、初めてあれやこれやと調べ始めて、オーノー!間に合わんじゃんか!となったのです。

おまめが日本に入っていいのは、9月の末からです。しかし、9月末には、仕事が休みにならない。関空からバンコクまでいくら直行便があると言っても、週末だけではおまめを引き取るのには時間が足りません。世の中には、こういう状況の飼い主、または国をまたいでペットを引き取る人などのために、ペットの空港お届け見送りサービス、のようなビジネスもあるようです。空港までの送りはもちろん、チェックインカウンターでのやり取り、もろもろの確認、などをして、飛行機が離陸するまで面倒をみてくれます。でも、そんなことできん。この選択肢は、考えん。知らない人におまめの命を預ける勇気はありませんでした。

だから、おまめは、わたしmamemamaがバンコクまで迎えに行って、そして一緒に飛行機に乗って、そして京都の家に一緒に入ります。

それができるのは、仕事が一週間休みがある10月の中旬。

7月の第二週に夏休みに突入して、8月の16日にバンコクを離れるまで、ほぼずっとバンコクにいました。引っ越しのあれやこれやで落ち着きはなかったけど、でも、仕事に行かないぶん、おまめと過ごす時間は毎日たくさんありました。

それが、急に離ればなれ。。。しゅーーーーーん。。。

 

という気持ちの問題ももちろん大きいけど、なにより一番の問題は、

「mamemamaがバンコクにおらん間、おまめの面倒は誰がみるんね?」

ということです。

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徳を積んで飛ぼう

やっほ。おまめです。元気?

うちの前には大きな神棚。うちのソイ(小道)のみんなが毎朝お参りに来るよ。ほんまに玄関の目の前で、mamaちゃんがドアを開けっ放しにしとったら、みんなの動くのが見えて、ぼくは好き。ぼくも毎朝お参りするよ。

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みんなの出入りが落ち着いたら、ぼくも外に出してもらう。

神棚の周りは、なんだかとってもきれな空気が流れとって、ぼくはついついのどがゴロゴロするんよね。

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今朝は、mamaちゃんが「ちょっとそこに行ってくるねって」。

帰ってきたら右手に白いひもがあったよ。

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「徳を積んで来たよ」って、mamaちゃん。

なんだか今朝は、いつもより空気がもっと透き通っとる気分がするよ。ゴロゴロ。

=====

土曜日に、飛行機でバンコクを発ちます。カウントダウンを前に、近所のお寺でタンブンをしてきました。

 

いつもは前を通るときに拝むだけの近所のお寺(とは言っても結構街中なんよ)。節目には、お世話になります、なってます、なりました、ありがとうございます、って、お参り。拝むとき、今朝は近所の顔見知りのおばちゃんに遭遇。一緒にお坊さんに習って、お経を唱えました。

しかし、おばちゃん、ノースリーブなんよね。しかも、お坊さんがなんやかんや言っている間に、携帯電話に出て、大きな声で話す。お坊さんにちょっと待ってって言って、話を終えて、もう一回お願い、という始末。もう、おばちゃん、この寺の経験値が違う。。。

 

全部終わって、右手首に白い紐を巻いてもらって(四重に巻かれたからなかなか解けないはずね)。

なんだか清い軽い気分になって、てくてく帰宅。朝のお寺って、みんなとってもにこにこで、ほわほわじゃね。足取りも軽いよ。

 

なんだか、大きな観光地的なお寺も荘厳な空気があっていいけど、でもうちのバンコク生活は、やっぱりこういうお寺の感じがばっちりな気がする。

みんなのこと、ほんまに大好き。

 

次に住まう土地は、日本でもお寺がダントツに多い街、京都です。うちはもう決めていて、なかなかにしてお寺の多い地域にまた住むことになります。京都でも、お寺さんに通おう。この、お寺で佇んで、心が清くなる感覚、好き。

感謝して、捧げて、唱えて、欲をそぐ。日常的な、大切にしたい習慣です。

Notebook On Cities And Clothes (1989)を観る

バンコクでは、映画祭がたくさんあります。ぱっと思いつくだけでも、EU Film Festival, Japanese Film Festival, Dutch Film Festival, German Film Festival, French Film Festival, Bangkok International Film Festival… などなど。国の首都に住むことの特権でしょうか。首都出身でない人間は、とってもラッキー!な気分になりながら、毎回、眠い目をこすりながらでも、通うのです。

現在行われているのは、Elle Fashion Film Festivalです。大好きな映画祭です!

きのう観て来たのは、Notebook On Cities And Clothes (1989)(邦題『都市とモードのビデオノート』)。

Wim Wendersが監督した、ずいぶん前の作品です。

昨年か今年に発表された、比較的華やかな作品が今年のラインアップにのぼるなか、この作品は、どうもそんなに光をはなっているとは正直思いませんでした。チケットを買いに行っても、空席が多い。映画が始まると、Wim Wendersのドキュメンタリーのトーンで、記録映画的に淡々と進むこの作品は、タイの一部のみなさんには受けなかったようで、開始から5分、10分と、少しずつ人は席を立っていく始末。

うち?すっごい好きじゃった。

Yohji Yamamotoという人物が、どのように服作りを捉え、デザイナーとして生きて、自分を、世界を見ているのか。Yohjiは、なかなか饒舌。日本語でも英語でも、すらすらと話してくれる。どれも、とても分かりやすい。アーティスト的な、自分の世界に入っている的なものは皆無で、ただ、彼がどれだけ単純に洋服と言うものが好きなのか、少年が自分の自慢のプラモデルについて話してくれるような純粋さで、語ってくれる。

映画そのものの批評はとってもできないけど、この映画のなかで、心に残ったものを書き留めておこう。

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おまわりコーヒーと魔女のパイ “Coffee Cop” and “Witch’s Pie Factory”

バンコクに8年弱住んで、2つの職場で働いて、そして結局2つの銀行口座を持っています。国を去るにあたって、口座を片付けないといけません。一つは、タイは金利がいいし、来ることもあるし、残しておこうかな、と。でも、2つもいらないし、持っているうちの一つを解約することに。

毎日、職場に通う通りには、こんな景色があります。メーメー。

 

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羊さんたちにご挨拶をして、職場のすぐ外にある銀行へ。口座に残っていたお金を現金で受け取り、いざ、もう一つの銀行へ。この現金を入金します。

どきどきしながら入金を済ませ、あぁそうだった!と、その銀行で作ったクレジットカードの解約手続きをお願いする。すると、その口座の通帳を、なんと引っ越しの荷物の中に入れたままにして送ってしまったことを思い出す!おばか!

次なる作業は、警察にいって紛失届を出してもらうこと。トンローの警察署へ。今まで住んで、ここにお世話になるのは、これが初めて。まさか去り際にやってくることになるとは。

待ってる間に見つけたもの。警察署のすぐとなり、”Coffee Cop(おまわりコーヒー)”。しかも、ちょっとおしゃれを意識してる感じ?

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おまわりさんがたむろしてたら面白いのになー、と思って覗いたけど、いませんでした。普通の人たちがいました。なーんだ。

このところ、カフェブームが続いているバンコク。おしゃれカフェが乱立するなかで、このおまわりコーヒー。ギャグにもなるネーミングだけど、作った本人は、そんなことに気がつかず、真剣におしゃれ目指して作ったみたいです。普通の、よくある、カフェでした。いやー、残念。でも、これで、おまわりコスプレなんぞしていても、それはそれで、「バンコクだなーぁ」としみじみ思うんじゃろーなーぁ。

警察署って色々待たされるし、そういう人たちを救うカフェなのかもね。

紛失届を持って改めて銀行のドアを押す。たっくさんの紙にサインをして、晴れて手続き終了。どうも長い間、お世話になりました。と言っているはしから積立貯金の説明を受けたりして、「国を去るって言っているのに、なぜこのタイミングで?」という、とてもタイらしいサービスを受けて、外に出る。

気がついたら、ランチの時間はとっくにオーバー。長い一日。クイッティアオもガッパオもいいけど、なんだかちゃんと食べたい気分。

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